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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)40号 判決

原告 西岡多三郎

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十九年抗告審判第一、三五六号事件について、特許庁が昭和三十年八月五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十六年一月二十日その発明にかゝる「二層ストランド鋼索」について特許を出願し(昭和二十六年特許願第七五九号)、昭和二十九年六月十九日その出願公告がされたところ、訴外東京製綱株式会社から特許異議の申立があり、その結果審査官は昭和二十九年六月三日右特許異議の申立は理由ありとして、原告の出願について拒絶の査定をした。よつて原告は同年七月三日右査定に対して抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第一、三五六号)、特許庁は昭和三十年八月五日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同月二十五日原告に送達された。

二、原告の出願にかゝる発明の要旨は、「繊維または金属芯を中心とし、その外周において第一層の各ストランドを構成する線の撚り方向は、ストランドの撚り方向と逆とし、第二層の各ストランドを構成する線の撚り方向は、ストランドの撚り方向と同一とし、第一層の各ストランドと第二層の各ストランドとの撚り方向を同一にし、かつ第一層及び第二層のストランドの一回転する撚りの長さ、すなわち上撚りと下撚りのピツチを同一に撚り合せた二層ストランド鋼索」に存在した。審決は、右特許異議申立人が提出した雑誌COAL AGE一九五〇年一月号第八十九頁(以下第一刊行物という。)及び同誌同年十月号第百七十七頁(以下第二刊行物という。)に記載した写真及び説明文を引用し、右第一刊行物には、「すべてのストランドは同一方向に走つている。外側の各ストランドは内側のストランドの作る谷にきちんとはまり込んで居つて、通常のもののように交叉していない。より多くの鋼鉄と、より少い空間とを与える。」という意味の説明が付されている。そしてその断面、外観及び説明文から判断して、この写真には、「芯材の外周に第一層ストランドが撚り付けられており、第二層の各ストランドを構成する線の撚り方向は、ストランドの撚り方向と同一とし、第一層の各ストランドと第二層の各ストランドとの撚り方向を同一にし、かつ第一層及び第二層のストランドの一回転する撚りの長さ、すなわち上撚りと下撚りのピツチを同一に撚り合せにした(第二層ストランドが第一層ストランドの谷にきつちりはまり込むためには、必然的にこうすることが常識である。)二層ストランド鋼索」が容易に実施できる程度に記載されていることが認められるとし、原告の出願の鋼索と右引用の第一刊行物に示された鋼索とを比較して、両者は右刊行物に記載された前記括弧内のような鋼索の構成においては全く一致しているところであつて、ただ本件出願のものが「第一層のストランドを構成する線の撚り方向とストランドの撚り方向を逆にした」のに対して、前記刊行物ではその点が不明である。そして原告は右のような撚り方向を選定したから他の部分の撚り方向との関連において特殊な効果がありとして、「第一層では線の撚り方向とストランドの撚り方向とを逆とし、第二層では線の撚り方向とストランドの撚り方向とを同一とし、このように両ストランドの撚り方を反対にしたことによつて、両者の接触面において、その各線3及び5はいずれも軸線方向に互に平行し、線接触し接触面を増加する。」と称しているが、両層の各ストランドがそのような撚り方で構成されており、かつ各線3及び5の撚合せのピツチ並びに両層各ストランドの捻回ピツチがほゞ等しいならば、特許願添付の図面第三図に示すように、第一層の各線3は索線の軸線方向にほゞ平行して走ることゝなる。逆に第二層ストランドの各線は、索の軸線のまわりを捻回する各ストランド4の軸線にむしろ平行して走ることゝなるものであつて、双方の線3及び5がともに索の軸線方向に平行して線接触をすると考えたのは誤りであり、このような線接触を得るためには、第一層をこの発明のようにするためならば、第二層も、第二刊行物に示されている鋼索の第二層のように、各ストランドの線の撚り方向とストランドの撚り方向とを逆に、すなわち第一層と同じ撚り方としなければならない。その代り本件発明のような撚り方向を採用するならば、第二図に示された断面図で、第一層ストランドの作る谷にはまり込んでいる線5は、常に索の長さの方向に沿つて谷と一致して走らせることができるもので、その意味では、両層の緊密な線接触を保たせることができる。思うに、このようなことはすべて索の撚り合せの設計に関する常識で、第一及び第二刊行物に示すように、第二層ストランドの撚り方に異つた設計が採用されていることから、右第一刊行物記載のものでは、その第一層の撚り方が不明であつても、これを本件出願の索のようにする程度のことは、鋼索設計上の常識範囲を出でないものと認められると説示して、右第一刊行物が原告の本件出願の日以前に国内に頒布されたものであることを認定した上、原告の出願発明は、右公知のものから何等発明的工夫を要することなく、当業者が容易に想到できる程度のものに過ぎないから、特許法第一条に規定する特許要件を具備しないものとしている。

三、しかしながら右審決は、次の点において違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  引用の第一刊行物に、審決記載のような説明及び写真のあることは争わないが、審決が「第二層ストランドの谷にきつちりはまり込むためには必然的にこうするのが常識である。」と説明しているのは、鋼索の実際を知らないもので、従来は第一層と第二層のストランドのピツチを変えることが常識または常道であつて、このことは右刊行物のなかに、「通常のもののように交叉していない」と記載されていることによつても明らかである。

また本件出願発明と右引用刊行物記載のものとが、審決のいう括弧内のような構成すなわち鋼索である点において同一であることは争わないが、審決においても右刊行物によつては、第一層のストランドの構成する線の撚り方向とストランドの方向を逆にしているかどうかは不明であることを認めており、右刊行物は証拠としてまことに不完全なものである。

(二)  しかのみならず審決は、原告のなした抗告審判請求理由の認定が不完全である。

審決は、原告の「第一層では線の撚り方向とストランドの撚り方向とを逆とし、(いわゆる普通撚り)、第二層では線の撚り方向とストランドの撚り方向を同一とし(いわゆるランク撚り)、両層の接触面において、これらの各線3及び5はいずれも索の軸線方向に互に平行して線接触(ラインコンタクト)し、接触面を増加する。」との主張を認めているけれども、その意味、すなわち両層の接触面において各線3及び5が平行しラインコンタクトする事実を全く曲解している。すなわち審決はその中段において、原告の発明について、前述のように、「第三図において第一層の各線3は、索の軸線方向にほゞ平行して走ることゝなる。逆に第二層ストランドの各線は、索の軸線のまわりを捻回する各ストランド4の軸線にむしろ平行して走ることになるものである。」と解釈したのに続いて、「双方の線3及び5がともに索の軸線方向に平行して線接触をすると考えたのは誤りである。」としているのは、全然本発明を誤解しているものである。

本件発明における第一層の外表面については、審決のいうとおりであるが、第二層については、その円筒状内面は、索の中心軸線に平行し、両層の接触面においては、各線3及び5は、いずれも軸線方向に互に平行しラインコンタクトをなしている。在来のものはピツチを異にして、各線はクロスコンタクトすなわち点接触をするが、本件発明は線接触であるから、接触面を増加している。審決は、この内側の接触部を認めないで、円筒の外側面ばかりを見ている。そして審決は、「このような線接触をするためには、第二層も第二刊行物記載の第二層のように、各ストランドの線の撚り方向とストランドの撚り方向とを逆に、すなわち第一層と同じ撚り方(いわゆる普通撚り)としなければならない。」といつているが、かくては円筒に相当する第二層の外面では索の軸方向に線5は平行しているが、円筒内面における線は斜行することゝなり、第一層と第二層の接触面において線は互に交叉し、本件発明における正しい線接触をすることはできないで、点接触をすることゝなり、線が互にずれ合うことを困難ならしめる。

(三)  このように審決は、全然本件発明の要旨を正解していないもので、引用刊行物記載のものが、本件発明と同様なランク撚りを示していても、第一層の撚り方が不明である以上、本件発明が引用刊行物のうちに記載されたものということはできない。

従来は第一層と第二層のストランドの撚りピツチを異ならしめることを普通としており、それが最近ピツチを同一ならしめることが研究され、原告はこれを研究完成したものである。鋼索は構造が簡単なものであるから、大低のことは技術的に組み合せて得られるようであるかの如く思われるが、実際はそのようなものではなく、未研究な部面が多く、何等証拠なく単に机上で容易に行われ得ると断ぜられるのは誤りで、決して当業者の容易に行い得るものではない。従つてたとい引用刊行物が公知であつても、これによつて本件発明が、発明的工夫を要せずして容易に想到でき、発明を構成しないとした審判は違法であるといわなければならない。

四、なお被告代理人の答弁について一言すれば、原告は、本件発明の要旨は、(A)「第一層の谷に第二層ストランドがはまり込むということ」と同時に、(B)「両層ストランドの線の撚回方向が、第一層は普通撚り、第二層がランク撚りであること」すなわち「特定の第一層と第二層との関連関係」が相伴つて重要点であるのに、この関連性を無視して、バラバラに切り離して一部ずつ公知であるとか容易になし得るとか論ずることの不当をいうもので、特に発明の最重要点(B)を、先例もなく単に容易になし得るということは過酷な認定である。そしてこの点第一刊行物はもちろん、第二刊行物もこの関連性の記載がない以上、完全な証拠ということはできない。

また原告は被告代理人の答弁するように、本件発明の作用効果についての審決の認定を是認しているものではない。しかも被告代理人は、「審決における外側ストランド層の内面における素線の方向に関する記載」の一部に錯誤があることを認めているが、この誤解こそ、本件発明の構成上の最大点である作用効果の判断を全然誤つたもので、審決は審理の前提を誤つたことゝなり、この点からも当然破棄されなければならない。

いわゆる「ラインコンタクト」については、これを工学的に解決すべきであつて、すなわち本件にいう「線接触」とは接触点が多数あつて、それが線状に数多く並ぶことをいつたものに外ならない。

なお二層の鋼索において、内層を普通撚り、外二層をランク撚りとする撚り方が従来から存在していたことは争わないが、この種従来のものにあつては、内外層の撚りのピツチは異つており、異らしめる方が強いと考えられていたものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対して、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張は、これを争う。

(一)  引用刊行物の説明文中に「外側のストランドは内側のストランドの作る谷にきちんとはまり込んでいる」旨の記載があり、両層ストランドをこのような関係に置くためには、その捻回ピツチを等しくすればよいことが、線条撚り合せに関する常識であることは、何人といえども否定することはできない。原告は右刊行物のうちの「通常のもののように交叉し」の記載を引いて、「両層のピツチを変えることが常識である。」と主張しているが、このことは逆に、交叉点をなくするための設計としては、そのピツチを等しくすればよいことも、たやすく想像できると判断するのが至当である。

また審決が、第一引用刊行物において「第一層のストランドを構成する線の撚り方向とストランドの撚り方向を逆とした」かどうかの点が不明であるとしたのは、右刊行物には、この点が明示されていないことをいつたのに過ぎない。しかのみならず審決は右第一刊行物ばかりでなく第二刊行物のような別異の設計が存在する事実及び線条撚合せの常識とを併せて考察して、特許法にいわゆる発明を構成するものと認めるに足りないとしたものである。

(二)  審決における本件発明の要旨及び特徴的作用効果の認定が正当であることは、原告もこれを容認している。尤も審決における外側ストランド層の内面、内側ストランド層との接触面における素線の方向に関する記載の一部に錯誤のあることはこれを認める。

しかしながら本件発明において第一、第二両層のピツチを同一にすることは、第一刊行物の明らかに示すところであるから、これを原告が始めてなした発明ということはできない。従つて本件出願のものが発明を構成するかどうかは、第一刊行物に示す鋼索の第一層ストランドの素線の撚り方向を普通撚りとし、両層の接触面において、各素線を「線接触」させると称する点のみに要約される。

鋼索の設計において、各ストランドにランク撚りまたは普通撚りを種々に組み合せ、またそれらの撚りの強さを種々変更選択して採用することにより、それぞれ異つたエフエクトが得られることは、鋼索設計上当業者の常識であり、ある基本的設計のヒントが与えられた場合は、その細部の設計が相当広い範囲に容易に導出し得られるものである。かゝる設計が種々の形で存在することを例示しようとした審決の一部に誤りはあつたが、一つのヒントに基く細部の設計が、従来の鋼索設計技術の常識の範囲内でも相当広く導出し得るものであることは、鋼索の設計に相当の経験のある者ならば、これを否定することはできないものである。一般にランク撚りは柔軟性を増すが捻れを起し易く、普通撚りは捻れを起さないが曲りにくく、また撚り数を増すと曲げやすくなるが、引張り強度が減少する。これらは鋼索に関する基本常識で、その種々な組合せは、いわゆるセンター・フイツト・デザインの出現以前から普通行われていたもので、二層ストランド鋼索の第二層にランク撚りを採用する場合、第一層に普通撚りを採用することも、鋼索に耐捻性を与える手段として常識化している。また一本吊用鋼索等で、捻れの起りにくいものを必要とする場合には、第二層に普通撚りを採用することも普通に行われ、この場合、あくまで捻れにくいものにするには、第一層も普通撚りにすることが考えられ、多少の柔軟性を与えるためには、第一層をランク撚りとすべきである。「センターフイツト・ロープ」と称する同じ基本的設計に基くロープにおいても、各ストランドの素線の撚り方向を異らせた設計が実施されている事実は、第二刊行物によつても明らかである。これを要するに、第一刊行物で不明な第一層ストランドの素線の捻り方は、結局これが普通撚りかランク撚りかのいずれの一方を採用してあるわけであるが、そのいずれを取るにしても、すべて当業者の常識的設計の範囲に属するものである。

次に「各線がラインコンタクトする」との原告の主張について一言するに、本件出願の明細書中には、(1)第一、第二両ストランドが同じ方向に同じピツチで捻回していること、(2)第一層は普通撚りであること、(3)第二層はランク撚りであることの三点が記載されている。右三条件は、各素線がその両層の接触面で索の軸心に正確に平行するための必要条件ではあるが、十分な条件ではない。もし両層の各線が、いずれも正確に索の軸線方向に平行して線接触的に触れ合うためには、素線の撚り数と、ストランドの捻回ピツチの正確な比率が限定されなければならないが、明細書にはかゝる条件の記載はない。但し通常の設計において、索の柔軟性と抗張力とのバランス上、普通撚りの場合は外面で、ランク撚りの場合は内面で、各線がほぼ索の長さの方向に向く程度に撚られることは、これまた索において極めて普通のことで、第一、第二刊行物によつてもこのことは明白である。結局原告のいう「ラインコンタクト」もこの常識的な比較的当りの軟かい接触面が形成されることの意味に解すべきである。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争のない甲第一号証の一、二とを総合すれば、原告の出願にかゝる発明は、「繊維又は金属の芯の外周に撚合する第一層の各ストランドを構成する鋼線の撚り方向はストランドの撚り方向と逆にし(いわゆる普通撚り)、その外周に撚合する第二層の各ストランドを構成する鋼線の撚り方向はストランドの撚り方向と同一とし(いわゆるランク撚り)第一層と第二層との各ストランドの撚り方向をも同一にし、かつ両層の各ストランドの撚りのピツチを同一とした二層ストランド鋼索をその要旨とし、その目的とするところは、第一層ストランドによつて作られた撚目の谷に、第二層のストランドを嵌入させて、第一層と第二層との間隙を少くし、従来のものに比して、第一層の鋼線に太いものを用いて鋼索の耐荷力を増大し、かつ両層のストランドを互に緊密に組み合せて型くずれを防止し、両層の素線は互にその接触面においてほゞ平行させ、各ストランドを互に摺動可能とし、鋼索の可撓性を良好にし、外力が接触点に集中することを防止し、線間の摩耗及び屈曲による疲労抵抗を大ならしめ、以て強力にして寿命大なる鋼索を得ようとするにあることを認めることができる。一方その成立に争のない乙第一、二号証によれば、審決が引用したCOAL AGE千九百五十年一月号第八十九頁(第一刊行物)には、金属芯を中心とする二層ストランド鋼索の外面及び横断面を図示し、この図面は第二層ストランドにおける素線の撚り方向がストランドの撚り方向と同一であるいわゆるランク撚りの外観と、第二層ストランドの作る谷に嵌り込んでいる断面を示しており、更に右図面の右方に「すべてのストランドは同一方向に走つている外側のストランドは内側のストランドの作る谷にきちんとはまりこみ、従来のもののように交叉していない。これは内部に刻み目のできるのを防ぎ、綱を永持ちさせる。八本外側ストランドのものに、センターフイツトデザインを加えれば、より多くの鋼鉄、より少ない隙間、より大きな可撓性、より容易な取扱方を与える」との説明文を記載している。また同誌千九百五十年十月号第百七十七頁、(第二刊行物)には、第二層ストランドにおける素線の撚り方向が、ストランドの撚り方向と逆であるいわゆる普通撚りである外は、大体第一刊行物における同様の図面が記載されている。これら図面及び説明文よりすれば、右センターフイツト鋼索は、第一層及び第二層各ストランドが互に嵌り込んで間隙を少くし、かつ従来のもののように交叉していないとの記載から、両層のストランドは同一撚回ピツチを有するものであることが知られ、なおその成立に争のない乙第三号証の一、二によれば、これら刊行物は原告の本件特許出願以前に国内に頒布されていたものであることが明らかである。

三、よつて先に認定した本件出願発明の要旨と、第一刊行物の記載とを比較すると、両者は共に芯材を中心とした二層ストランド鋼索で、その第一層と第二層との各ストランドが同一方向の撚りを有し、かつその撚りのピツチが同一であり、その第二層のストランドは、第一層ストランドで作られた谷に嵌合して、両層の間隙を少くしたものであり、また第二層における各ストランドの素線の撚り方向がストランドの撚り方向と同一であるいわゆるランク撚りである点では全然一致し、ただ前者では第一層において素線の撚り方向がいわゆる普通撚りであるのに対し、後者はこの点を明示していないため、その素線の撚り方向が不明である。しかしながら在来の二層ストランド鋼索においては、その各層の撚りピツチは異つていたが、第一層と第二層とのストランドの撚り方向が同一の場合、両層の素線の撚り方向は同一のものも、逆のものもあり、それぞれの特長を目的として作られ、いずれも、公知であることは当裁判所に顕著なところであつて、(原告代理人も二層の鋼索において、内外層の撚りのピツチは異つているが、内層を普通撚りとし、外層をランク撚りとするものが存在していたことを認めている。)前記両刊行物記載の鋼索の場合も、その第一層の素線の撚り方向は、この何れかを採用しているものであることは明らかである。そして右刊行物にはストランドについては第一層と第二層とを従来のもののように交叉させず、素線の摩耗による刻み目を少くしているとの記載があるので、素線の撚り方向の選択にも、これと同じ趣旨を応用して、第一層と第二層との各ストランドの素線の撚り方向を反対にし、本件出願発明の要旨のものと同じにすることは、当業者が、前記第一刊行物の記載事項から容易に為し得る程度の設計的技術であると認めるのが相当である。

してみると、本件出願発明の要旨とするところは、その出願前公知に属した事項に、当業者が容易に為し得るような設計的なものを加えたものに外ならないから、特許法にいわゆる発明を構成するに至らないものといわなければならない。

四、以上の理由により、原告の本件出願発明は、特許法第一条の特許要件を具備しないものであり、これと同一趣旨に出でた審決は適法であつて、なお、原告代理人は請求原因三の(二)において、審決中における、第二層の各ストランドの素線の内側の傾斜についての説明に誤のあることを指摘し、右は被告代理人もこれを是認しているが、右の誤謬は、本件出願発明の特許要件の判断に何等の影響を及ぼすものではないから、この点からしても審決を違法として取り消すことはできないものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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